2018年5月31日木曜日

キューバ 旅行記42 旅愁のPolo Montañez〜サンクティスピリタス


通りを歩いていて、家の中から漏れてきた音楽に惹かれ、足を止めていると家主の女性に声をかけられた。

「どうしたの?」少し訝しく思っているようだった。

ぼくは焦ってしまい、思わず「写真をとっても良いですか?」などと間抜けな質問をしてしまったが、彼女はごく自然に撮影を受け入れた。

この曲は何かと聞くと、彼女は答えた「Polo Montañezよ」。
スペルを尋ねると家に入るように勧められた。





キューバで耳にするビートの効いたダンスミュージックばかりに食傷気味だったので、哀愁を帯びたアコースティックなメロディが琴線に触れたのだが、実際、それはステレオの置かれた居間の調度と彼女の雰囲気に似合っていた。

彼女は民宿を経営していて空室があるようで、宿泊場所は決まっているかと訪ねてきた。

すでに宿にはチェックインしていて、しかも1泊だけの予定だった。
だけどなかなか雰囲気のある街で、この宿にも泊まってみたかったが、旅も終盤に差し掛かっていて日程変更は厳しかった。


少しの間であったが色々な話をした。ぼくのスペイン語など拙いしそれほどスムーズに会話ができるとは思わないが、旅をしていて相手の話が理解できてこちらも伝えたいことが不思議に伝わることがあって、この時もそうだった。


残りの旅の期間m訪れた先々でPolo MontañezのCDを探したが、なかなか見付からず諦めかけていたところ、ハバナのCDでようやく1枚入手することができた。

CDを手に入れたことであの街でやり残したものを埋められるような気がした。
















キューバ 旅行記41 石畳のある街〜サンクティスピリタス

街歩きをしていて何か良さそうと思う場所があればそこに行ってみる。
そこには何か面白いことや印象深いこと、その日1日に満足できるようなことがあったりする。

写真を撮りたいと思わせるような被写体との出会いもその一つだ。

それを探して、できるだけあてのない、理由のない旅を続けている。



写真が上手くなれば、世界を魅力的に写せれば、人の心に刺さる写真が撮れれば…

そして彼女の持っているものを引き出せるようになれれば…




キューバ旅行記40 リユース〜サンクティスピリタス

キューバではペットボトルの水が売られているのをあまり見ない。

街ではピッチャーに入ったジュース類がグラス売りされていてそれを飲んでいた。
一般家庭ではコーヒーを出してくれたことも多かった

ペットボトルの空き容器を捨てようとすると、それを女の子が欲しがって缶ジュースを買ってつめ替えていた。
キューバでは缶入りのジュースは高価なものになる
こぼさないようにちょっと緊張している感じが微笑ましい

2018年5月30日水曜日

キューバ旅行記39 キューバン・グラフティ〜サンクティスピリタス

1959年に米国との国交を失ったキューバには、最もアメリカらしい遺産が残された

崩れた車体から黒煙を吐く車にも朽ち果てた美を感じるが、このように綺麗に整備された車も美しい。
地方の中都市ではここまで良い状態のものを目にする機会はまれである
車種はシボレーベルエア
 映画「アメリカン・グラフティ」の舞台は1962年であるが、同年にはビートルズがデビューするなど流行の発信源はイギリスに移行してゆく。

キューバの車窓から
キューバ人にとってのヒーローはいまだにスーパーマンはともかくフラッシュゴードンだったりする。

フラッシュゴードンと言われて反応できる日本人旅行者などそう多くないだろう。
ぼくもこの国の国民と同じく、50年代で時が止まっているのかもしれない。

ただしぼくの場合、西暦でなく昭和50年代である。

キューバ旅行記38 ¿Cómo se llama usted? キューバでのナヲミズム〜サンクティスピリタス

¿Cómo se llama usted?
英語ならばWhat is your name?

旅先でどれほどの人数に名前を尋ねただろうか。

その多くは忘れてしまったのだけれど、彼女の「ナオミ」という名前は今でも覚えている。

「奈緒美」と書くとしっくりくるのが不思議である。
人を幸せにし彼女も幸せになることを祈ったが、この時のミューズでありえたこともまた事実だ。


「痴人の愛」では「ナオミ」に名前だけでなく、ヒロインの風貌にも西洋を見出されている。


ぼくは逆に彼女の名前が日本人のようで、顔立ちもどこか東洋的なものをにおわせていたことで印象に残ったのだろう。


2018年5月14日月曜日

キューバ旅行記37 時間の流れに沿って〜シエゴデアビラ

撮影枚数は多いとも少ないとも言えない方だが、1つの被写体をこれでもかというくらいに撮ることはあって、彼女に対してもそうだった。


写真映えというものもあった。


そして、時間がゆっくり流れるようなのどかな町で邪魔されることもなく、いつまでも何枚でも撮り続けられる気がしたのだ。


彼女の1日はぼくにとってどのくらいの長さに感じられるのだろう。

2018年5月13日日曜日

キューバ旅行記 36 国民的スポーツ〜シエゴデアビラ

最近ではサッカーが台頭しているキューバでも、野球人気は健在で、ほとんど映らないテレビで観戦し、スタンドでは若い女性がキューバ音楽のリズムをバックに踊って応援している。

用具といえばボールかグローブ、バットが揃っているケースは稀で、手作りのボールに棒切れで野球をしている。

ゲバ棒がバット


大人と子供が混じって時には女の子と、本当にこの街では野球をしている姿を見かけた。
喉が渇いたのでこの女の子の家で水を一杯もらった。グラスの水はゴミか微生物か何かがウヨウヨしており、飲むのをはばかられたが、勇を鼓して飲んだ。
冷えていて美味しく、後々も何の不具合も生じなかった。

野球をしていると解説がなければちょっと怖いかもしれない一枚、必死の形相

自己流が大半なので個性的なフォームが多い。
バッターの打球が飛んできたので片手でキャッチし、野球大国日本の面目を保った。