2015年10月17日土曜日

ガーナ西の果て~ホームステイプログラム

青年海外協力隊として任国に赴任すると、首都アクラにおいてしばらくはオリエンテーション漬けの毎日だった。
内容は、ガーナの国事情や、生活や安全の心構え、今後の生活や活動、連絡事項を日本語、英語を取り混ぜて説明される。

ガーナ隊員は、最初の4日間はホテルに滞在し、その後ドミトリーと呼ばれる隊員が寝泊まりする施設で生活を送った。

ガーナは隊員が多いので団体行動が多く、アクラにアフリカらしさを見出すことが少ないまま、ふわふわしたアフリカのスタートを切ることになった。

それが終わると、約2週間のホームステイプログラムに放り出される。
任地近くの一般家庭に滞在して、現地の言葉を学び、食や生活などに触れようという試みだ。

ホームステイ先から徒歩10分弱で海岸にたどり着く
海の近くで暮らしたことがないぼくにとっては、素晴らしい経験となるだろう


そこに至るまでの交通、宿泊施設まで全て自分で調べて手配するのだが、それは海外が初めてという人や、個人旅行の経験がない人にはいささか酷なのではないかと思う。

また、交通費は支給されるものの、規定額ではなく、領収書を出して後日金額を請求する人もいる。
ぼくは、その場に居合わせることになったのだが、交渉で値段が決まったりすることもあるが、あのごみごみしたバスターミナルで領収書を書いてもらう作業は、ぼくならばストレスを感じていたはずだ。
そのすきに物を盗られたりする可能性だってある。

何だか、批判めいたことを書いて、それをフォローするわけではないが、このホームステイプログラムは実に素晴らしい
これだけでも、協力隊に参加してアフリカに来た価値があると感じるほどであった。


ステイ先のママ。縫製業を営んでいる。
パワフルで頼もしく親切な人情味にあふれた人だ



夕食の準備
ヤム芋とキャッサバをついて「フフ」というガーナ料理を代表する主食を作っている

食感は柔らかい餅のような感じ、味は・・・無味
入浴はバケツ一杯の水で全身を洗って流さねばならない。普段は頭を流すとき、前かがみになってすすいだお湯が体にかからないようにしていたのが、ここでは逆になる。頭を流した水で体も流さないと水が足りなくなる。

トイレは完全な汲み取り式である。
しかも自宅内になく隣の家にあるものを借りて用を足している。
昼間は普通に出入りできるが、夜になると家の門が閉まってしまう。
一度、明け方にどうしても行きたくなったのだが、まず家のママを起こして隣人を起こしてもらい、多くの人に迷惑をかける結果となってしまった。
また、照明もなく、夜に行った際には持参したライトで照らすと悠々とゴキブリが便器内を出入りしている。

この光景のおぞましさと、多くの人の手を煩わす手間にお腹を壊すことはできないと強く肝に銘じた。もしそうなったら本当に困る。そして、今のところは大丈夫だ。

これまでいくつかの途上国で不衛生さや不便さは経験してきた。
しかし、水に困ることはなかった。インドでも自分で流すとはいえ水洗式のトイレだった。

アフリカにおいて水が本当に貴重な資源であることを身をもって実感できた。
そのせいか、お酒を飲んだ次の日でもないのに水がこんなにおいしいと感じたのも初めてかもしれない。

ポンプで水を汲む少女
電気は通っていても水道の通っていない家庭は多い

お金を払えば、快適な生活は手に入れられる。
だけど、このまぎれもないリアルなアフリカの生活は普通じゃ経験できない。

協力隊を志した際、正直なところ、アフリカにはあまり興味がなかった。
だけどぼくが応募した職種では選択の余地がなく仕方がないという気持ちがあった。
それだけに、この機会がなければアフリカに来ることはなかったかもしれない。
そしてホームステイを通じて、はっきりアフリカに来て良かったと言うことができる。

付け加えて、ガーナにはたくさんの子どもがいる。
写真を撮ろうとカメラを構えると、一体どこに潜んでいたのか、撮ってくれとうじゃうじゃとわいてくる。
例えはアレだけど絵本の「はれときどきぶた」がぶただらけだったように、ぶたのかわりに子どもで埋め尽くされるのだ。
そして、色の黒くない人が珍しいせいか「ボウフレ、ボウフレ(白人の意)」と声をかけられる。
そのことに対して今のところ確実に奇異の目に晒されていて、檻に入れられないまでも見世物にされている。
近所の子供たちが握手を求めてきたり、後をついて来るところなどハメルンの笛吹き状態である。

一度、子どもたちを引き連れて海に行こうとしたところ、海近くに住むおじさんがそれを制した。
多分、おじさんはハメルンの笛吹を読んだことがあり、ぼくが子供たちを海に溺れさせてしまうと心配したのかもしれない。

向かいの家に住む女の子
おそらく親戚になるのだと思う
ステイ先は総勢30名以上が出入りしていて誰が本当の家族かわからない
同居人=家族の日本とは異なり、親戚=家族のようなガーナでは概念が異なるように思われる


この街に住む多くの人が、異国から来たぼくに注目してくれている。
協力隊はそこに存在しただけで地域の貢献になる、と言われたことがあった。
果たしてそれは本当だろうか、それだけでいいのだろうか。

異なる人種を見るのが初めてであろう子たちのために何ができるのだろう。
好奇心の塊のようなこの子たちに応えるためには何をしたらいいのだろう。


2晩続けて夜通し大音量で鳴りやまないクレージーなダンスミュージックを背景にしながら・・・

0 件のコメント:

コメントを投稿