2016年7月27日水曜日

一時帰国から帰国して

5月中旬から6月の中旬まで、約1カ月間日本に帰っていた。

ブログはおろか全てのSNSの更新も滞り、最初はやる気満々で始めたけど、活動開始から半年、飽きと面倒から続かなくなった典型的なパターン。ケッケッケ…とこのままでは失笑されそうだ。

中に、「何かあったのでは?」と心配してくれる人がのために(いるのか?)重いペンならぬキーボードをとった。

実は、母が死んだ。
しかもかなり突然に。

それを理由に帰国し、1カ月間日本にいたのだから、ブログを更新している暇があったら、ガーナに戻るのが賢明だと更新を控えた。
それから、何から書こうかと迷って1カ月が過ぎた。

サトウキビをかじる子どもの写真
第二次ガーナ生活での写真
一般のガーナ人にとってサトウキビは丸かじりするものであって
ジュースにして飲んだりはしない



荷物の再調達や入れ替えがしたいがために帰国を予定し、食べたいもの、荷物の選別を記して、帰国の日を待ち望んでいた。

ところが、母が危篤に陥って長くはない命であると知らされた。
一刻も早く帰国したい気持ちで、緊急で見舞帰国に切り替えたものの、最短でもガーナから出国できるのは翌日の夕方だった。
アフリカは遠いと判っていたが、この時ばかりはこの国、この僻地が恨めしかった。

更に、首都アクラから飛行機の遅れが発生したので、最短で日本で着くように乗り継ぎ便を変更した。
経由地のドバイから家族に電話するとまだ息はあるとのことで、まだ、母が亡くなることが信じられなかった。

成田空港についた時点で既に母が亡くなっていたことを知らされた。
フライトが遅れていなければ臨終には間に合っていたはずだった。
半ば放心の中、実家に戻る車窓から見た夕日が異様に赤かったのを覚えている。
任地では、夕刻となると西の空に雲がかかることが多く、夕日が綺麗に赤く染まることが少ないのだ。


楽しみであった帰国は、時差ボケの中、葬儀の準備から始まった。
母の亡骸を前にし、死は受け入れられたが、意外なほど悲愴感はなかった。
アフリカなる場所と環境に身を置くと、あらゆることが起こりうるという考えを持つようになった。
そして、それが時として最悪の事態が発生することも否定しなくなった。
不謹慎ながら、このような形で親の死を迎えたことは、ある意味で良かった気がした。

葬儀が終わり、落ち着いてくると、今度は家族の料理番で食事の準備に追われるようになった。
食べたいものは自分で作っていたが、人の生き死という問題の前には、食やモノにこだわっていたことがどうでも良くなってきた。

妊婦さんの写真
ガーナでマタニティフォトの概念があるのかわからないが
赤ちゃんが産まれたらまた撮ってくれと頼まれた

それでも、しばらくするとガーナの生活を考えるようになり、メモに記したもの、それ以外の荷物が徐々に増えていった。
ただ、帰国によって物質よりも精神的な恩恵の方が大きかった。
帰国直前は怒りの沸点が低くなって、自分でもバランスが崩れているのが分かって、癇癪を起し老若を問わず立ち回りを演じていた。
帰国してもしばらくはガーナのことを思い出すとイライラしていたが、次第に治まっていった。
残された日本での期間が減るにつれ憂鬱さが増したが、戻ってみると憑き物が落ちたような気分で、何を忌み嫌っていたのかが不思議だった。
日本でリフレッシュしたことで、活動への熱が再充電されて、前向きなな精神を取り戻すことができたのだろう。



オールを持つ少年の写真
海は写真を撮りに行くためでなく
魚介類の物色の場所となっている
最近は写真より料理の方が楽しい
距離と時間、文化が離れているほど日本への憧憬は強く、それと旅費は反比例する。
帰りたい気持ちをこらえて2年任国で勤め上げるのも、活動の仕方だし、今後の人生で大きな自信となるはずだ。
だけど、環境と時間、フライトのチケットを捻出できるのであれば、帰国がプラスになることの方が多いと思う。

ぼくは、日本にいた時、退屈に感じることが多く、不満も多かった。

海外で一生暮らし、死に場所が日本以外でも構わなかった。

だけど、近頃ではそれが揺らいで来ている。

あれだけ合わないと考えていたが、実は日本しか適応できないかもしれないこと。
そして、ぼくにとっても死が少しづつ確実に迫っていると感じたこと。
それらに、少し恐怖を覚えた。

2016年5月10日火曜日

青年海外協力隊員の任国外旅行と一時帰国制度

青年海外協力隊員は年間20日を限度に、自費であるが受け入れ国外への旅行が認められている。
これが会社であれば、定年まで働きたいくらいの恵まれた条件だ。
ただ、渡航先が数か国に限られるか、英国のみの条件付きだったら考えも変わる。
それが、任国外旅行制度で、いくつかの近隣諸国と、国によっては旧宗主国を含んで、日数の中であれば何回行ってもいいし、目的も自由だ。
赴任期間中、一度であれば日本に帰国もできる。

一応、ガーナ隊員の行ける国はブルキナファソ、コートジボアール、リベリア、マリ、トーゴ、英国と魅力的な国々がラインナップされている。
しかし、英国以外は安全上の問題から渡航が禁止されている。
同じような理由で行けるのが1か国か、またはどこへ行くこともできない国があるのだろうか。

木を頭に載せて運ぶ人たち
まだまだ、木の枝や、ココナッツの繊維を燃料に炭で火をおこす家庭も多い
海外という言葉通り、この海を越えればどこかの国に行きつくのだ


もともと自らの意志で海外に発った人なのだから、他の国に行きたくてウズウズしている人は多いはずだ。

遊びでないのだから、旅行などにうつつを抜かすなアアアアア!!!
と言われるかもしれないが、日本にいた時に行っていた旅行とは違った意義がある。
隣国を観察して任国と比較したり、文化の違いや共通点を発見したり、異なる観点から任国に接する機会になる。
正に修学旅行という言葉がふさわしい。
同期の隊員を尋ね、再会を喜び、お互いの現状を話し合ったり、そこから刺激されることもある。
迎える側も、違う国から隊員が来てくれたら、嬉しいはずだ。
旅行が全てではないが、活動に役立てられることはいくつもあるだろう。

自宅から車で1時間程度の場所にある水上村まで行くボート
岸から村までは手漕ぎのボートであれば1時間はかかる
辺鄙な場所に住むのは、水上村の住人はマリから逃げてきた人たちなので、簡単に人が来れないためといったような理由らしい


ガーナ隊員の英国しか行けないのは何とかならないものだろうか?
折角だから、英国は来年行くつもりだが、時間さえあれば日本からも行きやすい国だろうし、航空券もガーナ発着よりも安く入手できる。
もっと行ける国が多ければ、日本へ帰らずそれらの国を訪問するはずだ。
それが叶わないし、不本意ではあるが、一年足らずで一度日本に帰国することにした。
2年間は日本には帰らないつもりだったし、きっと周りもそう思って送り出してくれたことだろう。
それがすぐに音を上げて、ノコノコ帰国し、温泉に入り、日本酒を呑みながらうなぎを食べていたのではきまりが悪い。
自宅で厚揚げをほおばっていれば許されるわけでもない。


ただ、食の苦労は峠を越えたようで、来て3カ月位の時は現地の食べ物が口に入らず、ダメかも?と思ったが、自炊の甲斐あってか、今は異常な食欲に悩まされている。


何が何でも帰らないというポリシーもあっても良いけど、ぼろぼろになって活動を続けるなら、帰国でリフレッシュしてモチベーションを回復させた方が、良い結果がだせると思う。
帰るのではなく、外国人が日本に行くという趣で、異国からの目線でとらえ、良い悪いも認識を改める。きっと、今まで気づかなかったガーナの良さも見つかるだろう。 

国境付近の市場にいた女の子
親の商売を手伝っていた

自宅から車で10分程度走ると、コートジボアールとのイミグレーションに着く。
川岸から近くて遠い国を眺めては、渡ることのできないもどかしさを感じる。
国境が家族や大切な人とを、離れ離れにすることもある。
現状から逃れ、新境地を求めて祖国を離れる人もいる。
命がけで厳しい目をかいくぐって、国から逃れる人もいる。
日本にいると普段意識しない国境が、深く重い意味を持つことも知る。

オンザボーダー
ぼくのするべきことは…


近くの免税店でハイネケンを買うことだ。

2016年5月6日金曜日

目立たないための対策

海外で身の安全を守るために目立たないことは重要です


これは外見や日常での立ち居振る舞いや言動に関してであって、活動は現地の人が主役で、ぼくたちはそれを支える側と言っても、そこでは目立つ存在であった方が良い。

しかし、外国人である上、人種が違う、肌の色が違うのは、そのつもりはなくても目立つ。
来る前は、アフリカといっても、少しは白人がいて、そういった女性と出会い、恋に落ち、結ばれるような展開を期待しないわけでもなかった。
しかし、外国人旅行者や居住者も想像以上に少ないことは若干落胆したが、それならばガーナの女性でもと思ったのだが、今のところ何もないまま平穏無事に生きている。

色恋を前提として生きているわけではないが、海外では非日常が日常になる。異国でのロマンスを受け入れるだけの度量も必要だと思う。
ただ、日本でモテなかった奴が、外国にいっていきなりモテモテってことがないということは判ってきた。

目立つことはけしからん!ので目立たない工夫を試みた


ぼくは恰好から入るタイプなので、ガーナ人が着ているようなシャツを着た。
髪型は、現地の男性のようなパンチパーマかニグロパーマが望ましいが、天然パンチだらけのこの国で、パンチパーマをあてるややこしいことはしないのだろう。できそうな店が見つからなかった。
仕方がないので、帽子を被って髪の毛を隠すことにした。
一番の問題は、肌の色だが、いくら黒くしたいと言っても限界はあるし、皮膚がんも心配だ。
なるべく、顔が隠れるように色のついた眼鏡をかけ、若干ひげも伸ばした。

抜かりはないはずで、いつもよりは目立たないだろうと思ったが、いつも以上に見られている気がした。
歩いているときも車に乗っていても、間違いなく視線を感じるし、声をかけられる頻度も多かった。
職場の女性からは、写真を撮られた。

ぼくは、自分の姿を消そうとするあまり、装飾が過剰になり、人の眼をひいてしまったのだ。

かえって目立っているのは重々承知の上である。
だけどいつか、その分別が本当につかなくなりそうで怖い。
一応仕事している感をわざとらしくアピール
実際はノギスのメモリが見えていない

言うまでもなく、これで現地人に同化したとは思わない


これで自分の姿を消したと思っているならば、頭がおかしくなってしまったのだろう。

しかし、外国にいると少しづつ日本にいた時と感覚が変わってくる。
身なりのセンスがないのは元々なのだが、そこに拍車がかかっている。

変わった格好をして人の気をひこうという考えはさすがになくなったが、何をしてもモテないので自棄になっている気はしないでもない。

2016年4月9日土曜日

たまにはカメラの話など

青年海外協力隊は、一般の乗客と同じ飛行機に乗り、同じ条件の中で荷造りをするので、現地で生活するには持参できる荷物は決して多くない。服や身の回りの荷物をギリギリまで減らして、カメラと周辺機器を優先した。

電子機器の類で手荷物は軽く重量をオーバーしているのは承知していたが、何食わぬ顔で手荷物検査をくぐるつもりであった。
エミレーツ航空の重量チェックは厳しいと言われていたが、それを無視したのが悪かった。
 重量オーバーを指摘され、荷物を整理して搭乗にこぎつけた。
あまりの必死さと慌てぶりが、係員の同情を買ったのかもしれない。若干のオーバーは大目に見てくれた。

そうまでして、任地に持ち込んだ機材を紹介したい。

 メインカメラ


Canon 5D Mark


機材で言い訳をしたくなかったので、できるかぎり良い物を手に入れたかった。
いいと思う写真を撮る人の多くも使っていることも理由だった。
これでいい写真が撮れなければ、ぼくの腕が悪いということになる。実際に腕は悪いが…

暗い場所でストロボを使わず、ISO感度を上げての撮影でもあまりノイズが気にならない。
AFの点数が多く、今までは中央1点でフォーカスロックをしていたのだが、AFポイントを移動させるスタイルに変わった。
フォーカスのミスや手ぶれ写真はまだまだ多いが、それでも今までよりふどまりは良くなったように思える。
そして、いろいろな設定が、外側のボタン操作で変えられるのは使いやすい。以前使っていた入門機やミラーレスもそうだが、設定を変えるのに、一旦撮影メニューの中に入って操作をするのが面倒に感じる。
あとは、大きくて目立つカメラだと、いかにも撮っている、撮られている感覚がある。これは良し悪しはあると思う。
 防塵防滴なので海沿いでも気にせず使用している。ぼくはカメラの扱いが雑な方なので、頑丈なのは有難い。ガーナの子供が砂だらけの手で触っても安心、ただ、レンズとファインダーを触るのはやめてほしい。
難点は、大きくて重いことに尽きる。初めは、至る場所に行くにも持ち出していたが、最近ではミラーレスが気軽な持ち出しカメラにとって代わりつつある。

 
ISO(光感度)12800の一例
手ぶれだけでなく、被写体ぶれも多くシャッタースピードは速さを保てるように設定している。
そのため、ISOの高い写真が多い。
シャープさは損なわれているが、許容範囲
これだけ薄暗い、というよりも真っ暗な時間になっても、小さい子が一人で歩いているガーナは日本よりも安全な部分はあると思う


持参したレンズ


 EF24-105mm F4 IS USM


上記カメラのキットレンズ。105mmまでの望遠域と手ぶれ補正にひかれた。撮影の90%以上を担っている。
画質に不満はないものの、より明るいレンズが欲しくなってきた。これもサイズと重量がそれなりにあるので、どうせなら…ということでEF24-70mm F2.8L II USMの買い増しを検討中。重さや大きさに不満があるのだろうという、不満を見事にすっ飛ばしている。
だが、気軽に手を出せない価格と手ぶれ補正無し、現地では入手不可という条件が購入を踏み留めている。

説明と共に、使用した機材の作例みたいなものも載せます
このレンズの良さは、バランスだと思う
焦点距離、F値、サイズ、性能
いつ何時、魅力的な被写体に出逢うかわからないから、カメラはできるだけ持っていたい
突発的に対応できるレンズを付けていたい


EF70-200mm F4L IS USM


Canonのフルサイズ機を所有ならば、ぜひ望遠の白いレンズの1本は所有したい」というわけのわからない考えと、手ごろな重量と価格、描写性能から購入。
10万円を超えたこのレンズを「手ごろな価格」と評してしまうほど、レンズの世界は金銭感覚がマヒしてしまう。恐ろしい。
展示会や、ショールームで試し撮りをしてさんざん悩み、よりランクの上のEF70-200mm F2.8L IS II USMとの二者択一で店舗にて購入の相談。
結局店員の「本当に重いから(約1.5kg)、撮影対象が特定されない旅行などの用途では、持ち歩かなくなる。」との忠告を受け、上記の品を購入した。
同品も十分重く(670g) あまり望遠での撮影機会がないこともあり、使用は少ない。本当に忠告を守って良かった。
スポーツの撮影などで使用。時おり室内で、「もっと明るさ(F値)は欲しくないかい?」と悪魔の囁きが聞こえる気もするが、空耳と思って無視している。

夕方サッカーの練習をする少年たち
自分のやるべきことに真摯に取り組んでいる人の姿は絵になる
もっと望遠域とか、シャッタースピードを稼ぎたいから明るいレンズが欲しいとかになると大きさと重さとお値段の3重苦が伴う



EF100mm F2.8Lマクロ IS USM


草花やテーブル撮影などの近撮で威力を発揮する、マクロレンズ。
実家の庭先に咲いた花が撮りたくて購入した。
100mmという焦点距離が中途半端なこともあり、ガーナにおいては、持ち出す機会は少ない。
ただ、立体感やクリアな絵を見ると、感心するほどの描写力。
美しい花など咲いていれば、じっくり撮影したいのだが…
一時帰国する機会に間違いなく共に帰国させ、再度ガーナには連れて来ないつもりだ。

シャープでクリアで何かキレイな感じのする写真が撮れる


実家の庭のバラの花
花を始め基本的にモノの撮影は下手
実家近くの蜂の巣
レンズの性能的にはもっと近づけるが、怖くて無理だった

EF50mm F1.8 STM                    


所有レンズの中では最も安価であるが、最も開放F値の明るいレンズでもある。
コンパクトで取り回しは良いが、フレキシブルな対応が求められる海外での撮影、じっくり撮るという感じではない現状は、標準の単焦点レンズは向かないのかもしれない。
50mmという焦点距離も室内では狭く感じてしまう。
ただ、他のレンズが軒並み大きく重いことから、とりあえずカメラを持って出かけるかといった気分の時に付けることがある。
普段が手ぶれ補正機能の付いたレンズに頼っているため、ブレた写真を連発してしまうが、画質も良いので、失敗しなければオッと思えるような写真が撮れる。

そのオッと思った写真
解像度、ピント、光そしてそれ以上にこの女の子がステキだ
こういうのを自己満足っていうんでしょうね
あとは構図に工夫の余地ありってとこかな


正直なところ、現在、これだと言えるような、レンズを探し出せない


 以上のレンズ群は、某サイトで紹介されていた「アリア式」というシステムを参考にしている。
標準ズームはしっかりしたものを選択して、望遠ズーム、大口径、マクロといったラインナップを加えれば、一眼レフの醍醐味が味わえるというシステムだそうだ。
ただし、「アリア式」は特別な撮影目的がない場合に合理的とされている。
ぼくは、海外、人物撮影を中心としているので「アリア式」ならぬ「ハセガワ式」が必要だったのかもしれない。

現時点では、上に記したEF24-70mm F2.8L II USMとともに、広角ズームのEF16-35mm F4L IS USMも視野に入れている。こちらでよくあるワーッと子供が集まったような構図の場合、最広角24mmでは入りきらない。
ただ、ぼくはそういった写真があまり好きではないので購入する必要はないかなと思いつつ、室内や風景などで、あればなあと思うことが結構ある。
EF 24mmF2.8 IS USMEF 28mmF2.8 IS USMの単焦点も、付けっぱなしの常用として悪くはないが、IS(手ぶれ補正)は必要ないのでより小さく、安ければと思っている。


ストロボも持参した


Canon スピードライト 430EX                                                                                                                      


今までは、カメラのISO感度に頼った撮影を続けてきた。
最近では結婚式などの室内のイベントで使用しているものの、まだうまく使いこなせていない。
このストロボを使用する時はハクバのクリップオンストロボディヒューザーという、ストロボの光を和らげて、自然に光が当たっているように見せることができるとアイテムを取り付けている。

人物が真っ暗に写ってしまうような、逆光時の撮影にも効果を発揮する
ともっともらしいことを言っているが、まだ使い方がよくわからない
使い方がわからんまま、わけのわからない子たちの、わかのわからんポーズだから、結局わけのわからん写真になってしまう



サブカメラ


FUJI X-A2


フジフィルムのレンズ交換式カメラの最廉価機。レンズはキットのXC16-50mmF3.5-5.6 OIS Ⅱを装着。気軽に撮ったり他人にシャッターを押してもらったりなどの目的で海外にはもう少し小さいカメラも持って行っている。
室内で自分を撮影できる用に液晶が反転するタイプを選んでいる。
実際は、自分を撮る機会は少ないが。
小型で高機能と液晶反転の三点を求めると、なかなかこれだといった機種が見つからない。
ぼくのように「サブカメラジプシー」となって、様々なメーカーや機種をさまよっている人もきっといるに違いない。

二本松での訓練時の最後の週末に、当時使用していたPanasonic GF7の液晶を気づいたら破損していた、という悲惨な出来事があった。
酔った際にぶつけてしまったと思われ、お酒とカメラの相性は良くないという通説を実感した。
出発まで時間がなかった為に、急いで購入に至ったが、急いで修理に出せば間に合ったと思う。


こちらはAPS-Cのセンサーサイズのため、ミラーレスの入門機といえどそれなりの大きさがあり、特にレンズがデカい。
そして、ここぞという際には一眼レフを持ち出すため、帯に短し襷に長しの、非常に怪しい立ち位置であった。
しかし、一眼レフのあまりの重さと大きさに持ち出すのが億劫になり、職場での記録や気軽な人物の撮影などではこちらを使用する機会が多くなった。
しかも、オートで撮って補正、修正なしでプリントしても十分などころか、下手に自分で色をいじるよりきれいに仕上がるほどレベルが高く、同僚にも評判が良いなど、なかなかトホホな結果になっている。

フルオートのモードで無補正、それがこのカメラの用途にあっている気がする。
発色も良い。
ただ、動体はかなり撮りづらい。


Panasonic LUMIX DMC-CM1


コミュニケーションカメラなる名で、2000台限定で売り出された迷品?逸品?
スマートフォンに興味のなかったぼくが、これなら欲しいと予約までして手に入れたアイテム。
メーカーのカテゴリーとしてスマートフォン機能を備えたデジカメということで、店舗での扱いも携帯電話でなくてカメラ売り場であった。
SIMフリーのためガーナでもメインの携帯電話として使用しており、カメラと電話の使用用途は逆転している。
ハイエンドコンパクトカメラにも搭載される1インチセンサーとレンズはライカとは名ばかりのパナソニック製のDC ELMARIT2.8
Instagramに載せている写真は(今のところすべて)これで撮影。


先日、勝手に紹介したキャンペーンガールの別ショット
この写真も無補正
ある程度の白飛びは仕方ないけど、ややこしそうな光の中でかなりきれいに撮れていると思う

ガーナの数少ない良心、ヤギと鶏の串焼き
この写真を見て、何故かラオスの焼き鳥(これが美味しい)を思い出し、食べたくなった
食べ物の写真は撮る方ではないけど、記録用の写真とかサクッと撮るのに良い


プリンターも持参している



写真は撮影し、プリントしてこそ価値があると考えて、プリンターも日本から持ち込んでいる。我ながら変なことに一生懸命だ。

Canon PIXUS iP110


訓練所内でのプリンターの使用時間の制約により購入、現地にも持参するつもりでコンパクトなものを選んだ。英語の先生に渡す写真の印刷や、授業で使用する資料の印刷に活躍した。
ガーナでも写真を印刷して人にあげたりしている。
一時期、写真の催促があまりにも増えた上、インクが見る見る底をつきそうになり、自粛していたので、日本から交換インクを送ってもらった。
しかし、撮り手である自分の存在以上に、カメラとプリンターのセットはかなり現地で重宝されている。
しかし、プリンターは現地で購入もできるし、海外だと互換インクの入手が困難なこと、コンパクトタイプとはいえの重量は持ち込み荷物の制限が厳しい中、かなりの負担であったことから、持参する必要はなかったかもしれない。


Fujifilm mobile printer Pivi MP-300


一般にはなじみの薄い商品だが、デジカメと接続してチェキサイズの写真が印刷できる小型プリンター。
pictbridgeirsの赤外線に対応。
当時使用していた一眼レフがそのメーカーにとって最初で最後の赤外線搭載機で、他のモデルもpictbridgeに対応していなかったので、カメラを買い替える際にはマウントを乗り換えるつもりであった。(当時は5年くらいは使うつもりだったんだけど欲が出てきてしまった)
持ち運びできる大きさなので、海外旅行には必ず持参していた。現地の人を撮影して日本語で名前を書いてあげたりしたのが高じて、今の自分があるといっても過言ではない。
すでにディスコンのため、ヤフオクで買い増しをした。フィルムも製造中止になってしまっており、最後に買いあさった分がなくなってしまうと、本体は無用の長物化する。
スマホでチェキというアイテムが実質的に後継機になっているが、こちらはスマートフォンとフジフィルムの一部の機種でしか使用できなく購入には至っていない。
ただ、ガーナのピラニアかハイエナかとごとく集まってくるガキンチョを前にこれを取り出す勇気は今のぼくにはない。本当に骨まで食われそうだ。

大きなお世話ながらおすすめのタイプ


海外に持参するカメラを考えると、頭が痛くなるほど結論がでない問題で、今でも白髪が増えるくらい悩んでいる。

どんなカメラがいいかとなると、きれいな写真を撮りたいという思いがあれば、それを最も端的に可能にする、一眼レフをお勧めしたい。
一眼レフの入門機であればミラーレスや高級コンパクトよりもリーズナブルに購入できる。
それに、明るい野外ではほとんど液晶が見えないので、ファインダーのあるタイプの方が使いやすい。

一眼レフは、重いし、大きいし、ちょっと…というのであれば、レンズ交換タイプでも一体型でもなるべくセンサーサイズの大きいカメラを買った方が良い。背景をボカした写真を撮りたい場合、大きいセンサーは必須だし、暗い場所でもノイズの少ない写真が撮れる。

それほど枚数が多くなかったり、気軽に撮影したいのであればスマートフォンで十分かもしれない。


特にiPhoneなどは廉価なコンパクトカメラの画質を凌ぐと云われ、動画の評判もかなり良いらしい。ぼくなりの理由であるが、iPhoneの画像処理が上手なこと、ディスプレイが優れているため、そう見えると考えている。
実際iPhoneで撮った写真はパソコンで見るとクソ、などという書き込みも目にする。

メインはサブはレンズはどーするバッグはどーするなどとなると、本当にハゲるんじゃないかと思う位悩んでしまう。カメラが趣味の人にハゲが多い気がするのはそれも原因かもしれない。

悩みすぎて本当にハゲてしまい、悩みの種が増える悪循環に陥った哀れな中年男性

2016年3月4日金曜日

ぼくの家に泥棒が入ったよ

日本で取材の仕事をしていた頃、自宅が火事で全焼した家庭を訪れたことがあった。
その家の子どもが玄関先で、「ぼくの家、燃えちゃったんだよ!」と、おどけた口調で騒いでいたのを覚えている。

子どもにとっても、突如住処を奪われることが不幸なのは大人と変わらない
ただ、そこから再起が必要であれば、その落胆の度合いは大きく異なってくる。

大人にとっては、これまでの人生、そして今後の人生の一つの指標が住処であり、その家の親たちは、少なくとも経済的な部分においては、過去と未来の多くを失ってしまったはずである。
子どもは、燃えてしまった以上の家をまた建てることができる可能性を大人よりずっと秘めている。
そして、今後の人生に何が起こるか想像もできない子供にとっては、火事で家を失うことですら、大人よりもずっと現実として受け止めることができるのかもしれない。

年齢に関係なく、今までになかったことは突然起こる。それは環境が変わればその確率は格段と高くなる。ただ、今までの人生の起伏を振り返って、その度合いを超えた事態、今までにないことが起こる可能性を想定しづらいだけなのかもしれない。

この国の子どもたちには、夢があるのだろうか、目の前の現実しかないのだろうか



仕事も終わり近くの午後3時過ぎ、アパートの大家から電話が入った。
かなり、興奮して怒っている口調で、近くにいる誰かに代われというような内容だったので、目の前にいたカウンターパートに取り次いだ。

カウンターパートはぼくの住むアパートが破壊され、泥棒が入ったと興奮して怒りながら叫んだ。
急きょ、その日は職場全体で仕事を終了して、ぼくの家に向かった。
帰りの車の中では、落ち着けなかったが、かなりの希望的観測で物事を考えていた。
アパートに泥棒が入ったと言ったが、自分の部屋とは言っていない。もし、部屋に入られたとしても被害は最小限で済んでいるのではないかと、
逆もありで、現金から貴重品、金目のものまでありとあらゆる金品がゴッソリ盗られている最悪の事態も懸念した。
その時は、保険を請求して、一旦、日本に帰国し必要なものを買い揃えようかなと、心配をしながらもぼんやりと楽観的だった。

音楽に合わせて踊って、民家や商店を回って寄付金を募る一味。お金は苦労と工夫で得るものなのだ。

自宅に着くと、野次馬やアパートの住民が集まっていた。
共用の入り口には鉄格子が取り付けられ、南京錠で施錠されていたものの、バールで強引に鍵を開けられていた。
ぼくの部屋の鍵はバールで破壊されており、バックパックと、ファスナー式のトランクのジッパーが破壊され中身を物色されていた。

現金、カメラ、パソコン、スマートフォン目当てで部屋に押し入ったのだろうが、ちょっとした心がけと行いで被害を最小限に食い止めることができ、貴重品が盗まれた形式はなかった。
その対策は、誰にでもできる簡単なことなのだけど、ここで大っぴらに書いてしまうと、そこを狙われる可能性もあるし、ガーナ隊員であれば定時連絡で来たメールに記載してあった内容であるから知っているはずだ。
もし、詳細を知りたいという人がいれば、その全てをお教えしますので気軽に連絡ください。

今回の事件現場の外観、誰でも簡単に建物に近づける上に、木や建てかけの家屋など死角が多いことも災いした



隣の部屋に住む人は、網戸を破って侵入され、ノートパソコンを盗まれていた。
他の住民は、部屋に入られていなかった。
ぼくの部屋の中には職場の同僚がのんきな様子で居座っていて、チョットは心配してくれてもいいのにと思った。
ガーナ人は場を察する感覚と風習に乏しい。
空気が読めないのか読もうとしないのだろうか。日本で空気が読めず、無能で無用であったぼくが言うのだから相当なものだ。
ガーナではぼくが「家に泥棒が入って、驚いているし、ショックも受けている。平常心でいられないし、大変なんだよ。」と言わないと伝わらないだろう。

その晩は安全のために若い衆の一人が、部屋に泊まることになった。

一旦、中に入ることができると後はやりたい放題となる



今回の事件は、ぼくが外国人であることに目を付けていた犯人が、周到な計画たててそれを実行したものと思われる。

きっと犯行に及ぶ以前から、犯人はすっかり金持ちになった気分で、
「あのバカめ、もぬけの殻になった部屋に戻って、間抜け面して部屋で呆然としていることだろうよ、ヘヘ…その頃、オレはすっかり金持ちでモテモテだぜ、姉ちゃん相手にウハウハやるぜ、胸元に札束を突っ込んでやるぜ
(*´Д`)ウヒョ~!」
と皮算用をしていたことだろう。
あぶく銭という言葉があるが、汗水たらして得ていない金がまともな使われ方をしないのは、宝くじで大金を得た人で成功した人を聞かないのと同じ理屈だ。

「やったぜ、部屋の中…お宝ゲットだぜ~…エイ!何だこの荒れ様は?エイ!先客がいたか?何にも盗んで得しそうなモノがないじゃないか?ああ、そうだ、バッグの中に、クソ!鍵をかけてやがる、きっとこの中に、これごと盗んでやれ!しめしめ…ゲーッ!ワイヤーなんかでつなぎやがって!ジッパーを壊して中身を盗んでやれ!ええっと中身は、薬?ティッシュ?え~!?あのバカはこんなものを入れるのに鍵をかけるのか?この部屋には何もないのか?ああどうしよう、誰か戻ってきたら…もういい、他の部屋に入ってやれ。」

と、間抜け面して部屋で呆然としていたことだろう。

ぼくにとっても、全く被害を受けなかったわけではなかった。犯人が破ったバックパックは“pacsafeという、旅人を窃盗などの犯罪から守るというコンセプトの、防犯に力を入れた旅行用品メーカーの代物であった。
素材の裏にはワイヤーがめぐらされ、ナイフなどで切られても大きく穴をあけることはできず、ジッパーもかなり頑丈で簡単にはこじ開けられない構造になっていた。
しかし、そのジッパーと素材の柔らかい布の部分を刃物で破られ、ジッパーを破壊されてしまった。
荷物を窃盗から守るという用途で、旅人の間で名の知られたパックセーフ社のアイテムをいとも簡単に破壊されたのはかなり皮肉なことでもあるが、それを全面的に信用しなかったことも不幸中の幸いである。
パックセーフ社には、この一件を伝え、更なる改良品の開発の奮起を願いたい。
ただ、これはこれで、結構高価だっただけにショックではあるし、それによってそれなりの大きさのリュックがなくなってしまったのにも困っている。やい、犯人、リュック直せ!

引き裂かれたリュックのジッパー。ワイヤーや鍵などしっかりした作りだけどもう使い物にならない


しかし、たまたま目立つ存在である外国人が隣に住んだがために、割に合わない被害を喰った隣の部屋の人には心から同情をしている、彼が身代わりになってしまい申し訳ないとも思う。

今後は、再犯を防ぐために万全の対策をとろうと思う。アパートの防犯委員になったつもりで、死角になりそうな木の枝を切ったり、丈夫な南京錠を探したりしている。ガーナ人は日本人よりもその手の危機意識が低いのでそれを説得するのも大変なことだ。

ほこたてのような話でもあるが、映画「逆噴射家族」で小林克也は自宅を守りたいがために、過剰な対策と心配から精神を病み、自宅を崩壊させてしまう、皮肉に富んだパロディであるが、人の守りたいという考えの核心を突いている。

自分のことばかり考えていては幸せになれない。他人の幸せを願うことが祈りなのだ。


今回の件に関して、周囲のガーナ人はぼくの心と行動のスキが犯行に至らしめたと捉えている。
近所でもカメラをブン回し、一般的に見て社会的に立場の低いような人たちとも懇意にしている姿が面白くないのだろう。
ぼくは、そういった人たちとの関わりこそが青年海外協力隊だと考え、それを実践してきた。

もちろん、それも一因となりえるのは承知しているから、他人を部屋に入れなかったり、家を尋ねられても大体の場所で濁しておいたり、気づく範囲で危険を察し、避けていたつもりだった。

ただ、精神論と心がけよりも、物理的な防犯対策を施した方が有益だろうし、事なかれ主義のガーナの人たちの対応に苛立ちを感じている。

ぼくは地元の人たちに溶け込もうと、良かれと考えた行動を取ってきた。それは地元の人たちのためというよりもぼくがそうしたいからだった。
それがぼくの一方的な思いで、空回りでしかなかったことを知らしめられた。

人の行動や存在が全員から快く思われることなどないし、それを引き金に良からぬことが起きることもあるのは頭では理解している。
それに、強硬手段にでたのはごくごくわずかな外道なのだけども、任地ハーフアシニとその人々、ひいてはガーナの人たちに裏切られた気分だった。

卑劣な手口で人の心を奪う。それが今回の一番の損害になっている。

歌う人生劇場

2016年2月1日月曜日

キューバ旅行記30 即席のバンド~カマグウェイ

道端で少年たちが手作りの太鼓を叩いていた。

向かって左側の男の子はカシアス・クレイ(モハメド・アリ プロボクサー)に似ている気がする。
写真だと真ん中の女の子は、ボーカリストかダンサーの役のように見えるが、実際はカメラの前に立っているだけで何もしていないのだ。
二代目のボーカリスト候補



つくづく、向かって左側の男の子はカシアス・クレイに似ているなあ。
ボーカリストを交代してみたものの、彼女もカメラの前でポーズをとるだけで、何もしないのであった。
そして、帰路につくのだった。

一見、無意味に感じる行動の繰り返しであったが、それが楽しくて毎日、被写体と、人との出会いを求めて街を歩いていた。








2016年1月7日木曜日

海外で髪を切る100の方法

1か月以上前のことになるが、散髪に行った。

何種類かのコースが紙に貼りだしてあって、長めでと注文すると
「EUROPIAN CUT 10GHS(ガーナセディ 日本円で約350円)」がそれに相当するようだった。

しかし、担当者はおもむろにバリカンを取り出したので、あわててそれを制しハサミで切ってもらったが、それは失敗だった。

ガーナ男性は、丸刈りが最も多く、他には周りを短くして上の方と前髪だけを少し長めにしていたりする髪型が大半を占める。

全ての髪の毛をハサミで切るという経験がなかったのかもしれない。
少なくとも、縮れておらずそれなりの長さのある髪の毛を切るのは初めての経験だったはずだ。
ハサミの切れ味が悪いこともあって、非常に切りづらそうだった。

いきなりざっくり、かなり大胆に長かった箇所を削がれてしまい、「あっ!」と思わず間の抜けた声を発してしまった。

そかし、その後は植木を手入れするように、ちまちまと少し切っては飛び出た部分を修正していったため、更に全体の短さに追い打ちをかけた。

おそらくカットのみで1時間以上はかかったに違いないが、日本の1000円、10分カットの店にも劣るような時間に見合わない出来であった。

小学生でもストレートパーマをかける
人は髪の毛に関して自分にないものに憧れるものだ
オイ、髪に悪いぞ!


坊主風虎刈りといった仕上がりで、どこをとっても長さが不揃いだったが、頭頂部付近と前髪が少し長めであったのが救いだった。
それにしても、これをヨーロピアンと銘打つのだから、ガーナはヨーロッパをどう解釈しているのだろう。

ただ、正直なところ仕上がりは期待はしていなかったので、髪型の云々など40歳近い身にとってはどうでもいいようにも思えた。

しかし、短くして初めて気づいたのだが、ネットで「ゴマシオ頭」と検索をかけたらかなりの上位に画像がヒットしそうな白髪の量には、まだ40歳前の身にとってさすがにどうでもいいという気持ちにはならなかった。
今回、双子とお姉ちゃんたちが再度登場
髪型もそうだけど、双子が同じ服を着るのは世界共通なのだろう
ぼくは2人で同じ服を着まわした方が経済的なのに、と考えてしまうのだが

昨年の4月、キューバで意図せず髪の毛を短く刈られた経験があった。
その時にも白髪は目立ったけどさすがにゴマシオまでには至ってなかった。

この半年でここまで黒髪が白髪に侵食されたのは、協力隊の訓練所での心労と寝不足が原因だと思われる。
その時には、それなりに長さがあったので目立たなかったのだろう。

それにしても、外国の床屋はどうして客の要望を無視して短く切ってしまうのだろうか。
今でも「早く伸びてくれ~!」と祈る日々が続いており、その執念と自然な成長で何とか少しは伸びてきた。

三つ編みをほどくとこのようになる
そして、今日もおそろいの恰好!

ぼくは、総白髪でも構わないので髪の毛は失いたくないと思っている。
だから、毛を染めるということは髪の毛にとって確実に寿命の低下に至る、戒めるべき行為と考えている。

しかし、このゴマシオ状態はいかんとも許し難かった。

その悩みだけで、白髪も抜け毛も増えそうだったので、懇意になった美容院で染めてもらうことにした。

妹ちゃんたちはお団子に髪型をチェンジ
びっちりと強力な整髪料で固められていた
オイ、髪に悪いぞ!
写真では服装が違うが、この後おそろいのワンピースに着替えている


前回の経験もあって、まず何をされるのかドキドキしていると、顔や耳の周りにクリームなどを塗らず、何もかぶせず、いきなり髪に染料を塗りはじめた。

ガーナの人ならば、肌の色が黒いので染料が付いても目立たないかもしれないが、ぼくは一応「ボウフレ(白人)」と呼ばれる身である。
こういう時にこそ、白人らしく扱って欲しかった。


染めるのが終わると、その後に意味不明のクリームを頭に塗りたくられた。
染髪剤の髪と地肌への攻撃ですら、精神的にも物理的にも良くないというのに、もう気を失いそうだった。
一瞬で染めた髪が白髪になってそのまま抜け落ちそうなくらい怖かったので、これは何かと見せてもらうと、ヘアートリートメントのようなものだった。


それが済むと昔懐かしい美容院にあったおかまのような機械をあてがって温めると、わずかな水で軽く頭を流した。
この国では、美容院で使う水すら貴重なのだ。
日本の美容院で、もういいよって言いたくなるほど延々と洗い流してくれていたのが懐かしい・・・

あられもない格好にさらされる哀れな中年男性
顔の横にある赤いのは日本で冬に使う耳あて
ガーナでは熱さ対策のために耳あてを使うようだ


その後また、クリームソーダのような匂いのする怪しい整髪料のようなクリームを塗られた後、恐怖のダイエースプレー、別名ハゲ養成スプレーでしっかりと仕上げをされた。

おそらく、黒人の髪の毛をセットするにはこのくらい強力なものを使う必要があるのだろう。
この段階では、もうジタバタしても仕方がない、ハゲるならハゲちらかせと開き直ったつもりだった。
でも、本当にハゲちらかったら失意のあまり、任期短縮し帰国を検討するかもしれない。


美容院の女性たち
制服が昔のコーラスグループみたいでかわいい

日本と違って、任地においては美容院に男性がいることは見たことはないが、お姉さんに話を聞くとカットも問題ないと言うので、次回があるのならば美容院に行くつもりだ。

これからアフリカで散髪の予定があって、ある程度の長さをキープして、かつモテたいよ~と考える輩がいるとしたら、女性向けの美容院を強くお勧めする。


美容院では編み込みやエクステの作業をしている光景をよくみかける


ガーナで理美容院に行く行為は、物理的にも精神的にも髪と頭皮に悪いという教訓を得た。
「失って初めてわかる、髪は長~い友達」という古い育毛剤のCMコピーが心底切実に感じた。

自宅で子どもの髪を結っているお母さん

このブログは一応、青年海外協力隊の活動や任地での生活をつづっているつもりだ。

育毛活動の紹介が主となり変わらないためにも、やはり努力は怠らないようにしたい。