2015年8月30日日曜日

野外訓練とフジロック

青年海外協力隊二本松訓練所に入所して早7週目が過ぎた。
入所して以来ただただ忙しい日々が続いていて、このブログも更新が滞ってはいる中、久々の更新。

先週8月21日・22日と野外訓練が行われた。
要約すると、数少ない食料や資材を活かして、生きる術や共同生活について考えるといった趣向のイベントである。


グラウンドにテントを張り、そこをベースとして食事の準備などを行う。グラウンドの脇にはには水道がある。
しかし、その水道は使用が禁じられていた。ぼくたちは急な坂道を昇り降りして水を汲みに行くのだ。
ここには当然ながら、ある種の思惟がある。

派遣される途上国では、何Kmもの道を歩いて水を汲みに行く人がいる。
その大変さと、水の貴重さを考えよう。
という旨のはずだ。

確かに、水汲みは大変だった。
しかし、大変なこと、つらいことには人は耐性ができる。
おそらく、毎日水汲みをしている人にとっては大変であっても、それは普通のことであって、問題意識というものは生じていないのではないだろうか。

現地に井戸を設置したはいいがそれが壊れてしまい、また元の場所に水を汲みに行っている。
そんな話を聞かされて、なければないで何とかなるの人々の意識や習慣を変えることは本当に難しいと思う。

かくいう、ぼくでもこの野外訓練、火がつかなければ生で野菜を食べたり、1~日であれば何とかなるの考えで、ほとんど準備や対策らしきものは行わなかった。


しかし、それは想像以上の混沌と混乱を引き起こした。
当日朝から、雲行きが怪しかったが、午後から雨が降り出した。
結構降っていたのでその後の訓練は室内でやるのかな、などと甘い期待をしたものの判断は容赦なく、冷たい雨の中訓練は続行された。

雨は無情にも楽しいキャンプといった趣をそぎ取り、人の体力と気持ちを奪っていった。
人のことを考えてこれから生きていくぼくたちが、どうしても他人をいたわる余裕を失っていたと思う。
普段であれば許せる行動や言動の一つ一つに、棘を感じた。
結局、それが訓練といえばそれまでなのだが、何というか、例えば無人島に漂流して残り僅かな飲料水や食べ物を争うように奪い合う。
しかし、実はそれはゲームで後に事実を聞かされ、我に返った人々は他人の本心を知ってしまう。

それは意地の悪いゲームのようで、今でもぼくはあの日のことで心の中に黒いゴミのようなものが残ってしまっているのだ。


考えすぎても仕方ないし、だけどぼくはあの日のことが、18年前の夏のトラウマがフィードバックしていたこともあるからだと思う。

ロックという名のもと、ノイズというある種逃げの音楽を演っていたぼくらは第一回フジロックフェスティバルを観に行った。
いまでこそ、参加者も主催者も万全の対策を期していて、結構平和な雰囲気が漂っている。

しかし、その第一回は全てが見切り発車で「行けば何とかなる」といったアナーキーな参加者で、かくいうぼくらも「おそらく暴動が起きる、2日目はフリーで入れる。」といった考えで、1日目のチケットだけを握りしめて会場に向かった。

まず、会場に着くまでが困難を極めた。
初対面の人もいる中、待ち合わせが上手くいかず、イライラは相当であった。
 
当日はあいにくの雨で、そして寒かった。
ぼくたちは暖をとるためにウォッカをあおった。
夏の富士山をなめてはいけないのは今も同じである。
しかし、当時はアウトドアとロックはかけ離れていて夏山の恐ろしさを知らないほとんどの参加者は雨、寒さ対策を怠っていた。

会場は早くもメチャメチャに崩壊していて、さまざまなデマが飛び交った。
完全に会場は崩壊していて、地獄絵図のようだった。
そんな中、先も考えず大暴れをしたぼくにとって、そこだけはロックであった。
人のカラダから発せられる汗が蒸気となって空中に発せられていたのが幻想的だった。

一日目が終了した時点で、明日が中止という話を聞いた。
バスの発車会場は、我先を争う人々と、強引に発車したバスにひかれそうになる人々の悲鳴で非常に見苦しかった。
何だかわけのわからない叫び声と怒りの声は、暴動になるというぼくの予想は皮肉な形で的中した。

思えば、野外フェスが根付いている欧米と比較し、参加者側も心身ともに弱い上、DIY精神が欠如している。
主催者も必要最低限の人員や設備の配置、情報の発信しかしていなかった。

完全にこのイベントは失敗であった。
にもかかわらず、あの参加者を完全な人柱として、のうのうとイベントを繰り返している主催者に対して少しだけ恨めしいものを覚えるのだ。

そして、雨だ。
雨と寒さは人の体力と心を容赦なく奪った。
きっと、当日が晴天であれば、あの内容でも人々は多くを許して楽しむことができたのだ。


話は野外訓練に戻るが、ほかの写真を見ると楽しそうに見える写真ばかりである。
どんな状況でも楽しめる余裕があるのか、さほどつらくはなかったのかはわからない。
あれが、何だったのかもはっきりとわからない。

最終日、ぼくは午後から水分を控えていた。
そして、訓練が終わるや否や風呂に駆け込み、町まで降りてビールをあおった。
その風呂の気持ちよさとビールのうまさ・・・
不謹慎ながら、オリエンテーションの山道の最中、ビールのことばかり考えていた。


訓練は遊びではないし、フジロックなどの野外フェスやキャンプなどとも違う。
だけど、どんなことであれ代償は求めても構わないような気がした。

テントに溜まった雨水を生活用水にする哀れな中年男性
本当にわずかな水しか取れていないのが悲壮感を誘う
あまりにも真剣すぎるこの表情はもはや訓練でなく本番である
青年海外協力隊が遊びの延長といった批判もあるが、それを否定できる力をこの写真とこの中年は持っていると思う













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