2015年9月23日水曜日

平和構築のために

訓練が修了した。

最後まで忙しかった訓練ではあったけれど、勉強の合間に部屋の窓から、そして授業が終わると建物の外に出ては空を眺めて、今までにないくらい空の写真を撮った。
訓練の修了、この景色との別れが刻一刻と近づいていることを想って心が震えることもあった。ぼんやりとしたり、他のことを考えたりすることもあった。

高村光太郎の智恵子抄でも詠まれている「ほんとの空」
朝に昼に夕に美しかった



同じように英語の授業中、頭の中が空っぽになっていると声をかけられた。
"What are you thinking?"
あわてて答えを作った。
"About world peace..."
世界平和・・・
ぼくはそのためにいったい何ができるのだろう。



ある日、パイ投げの的になりたいと言ったことがあったが、忙しさで忘れてしまっていた。
しかし律儀にも同じ班の人たちが覚えていてくれて、訓練修了近くになって、見事に顔面を狙ってパイを投げつけてきた。

自分にとって何気ない一言であっても、ほかの人にはしっかりと残っていたりすることもあるから、不用意な発言には気を付けた方がいい。


危険を察せない者はこの世では生き延びることができない
動物的な本能で飛んでくるパイをかわしたものの、一部は頭の先に付いてしまった
これが銃弾であったなら、死亡という派遣前のいい教訓でもある

なぜ、パイ投げなのか?
キリストは人々の罪のために磔にされ杭を打たれた。
セバスチャンは全身に矢を浴びた。

ぼくにとってパイ投げの的になることは、自らの罪を拭い、人々の幸せを願って、生贄となり殉教に等しい行為で、それは世界平和に通じると信じていた。

直撃を志願した後
クリームが付いた顔で世界平和を唱えても全く説得力がない


しかし、神聖さのかけらもない神への冒涜にも等しい我が殉教で起こったのは俗的な「笑い」だった。

ぼくは地球規模での平和構築は難しくても、周りの人や狭い地域であればそこに平和をもたらしたり、人々を幸せにしたりすることはできると考えている。
パイ投げと平和構築は遠いようだけど、もしそこに笑いがあれば、それは平和とつながるのだからあながち間違いではなかった気もする。

と思うことで自己犠牲、いや、マゾヒズムに有意性を持たせようとしているのだ。











2015年8月30日日曜日

野外訓練とフジロック

青年海外協力隊二本松訓練所に入所して早7週目が過ぎた。
入所して以来ただただ忙しい日々が続いていて、このブログも更新が滞ってはいる中、久々の更新。

先週8月21日・22日と野外訓練が行われた。
要約すると、数少ない食料や資材を活かして、生きる術や共同生活について考えるといった趣向のイベントである。


グラウンドにテントを張り、そこをベースとして食事の準備などを行う。グラウンドの脇にはには水道がある。
しかし、その水道は使用が禁じられていた。ぼくたちは急な坂道を昇り降りして水を汲みに行くのだ。
ここには当然ながら、ある種の思惟がある。

派遣される途上国では、何Kmもの道を歩いて水を汲みに行く人がいる。
その大変さと、水の貴重さを考えよう。
という旨のはずだ。

確かに、水汲みは大変だった。
しかし、大変なこと、つらいことには人は耐性ができる。
おそらく、毎日水汲みをしている人にとっては大変であっても、それは普通のことであって、問題意識というものは生じていないのではないだろうか。

現地に井戸を設置したはいいがそれが壊れてしまい、また元の場所に水を汲みに行っている。
そんな話を聞かされて、なければないで何とかなるの人々の意識や習慣を変えることは本当に難しいと思う。

かくいう、ぼくでもこの野外訓練、火がつかなければ生で野菜を食べたり、1~日であれば何とかなるの考えで、ほとんど準備や対策らしきものは行わなかった。


しかし、それは想像以上の混沌と混乱を引き起こした。
当日朝から、雲行きが怪しかったが、午後から雨が降り出した。
結構降っていたのでその後の訓練は室内でやるのかな、などと甘い期待をしたものの判断は容赦なく、冷たい雨の中訓練は続行された。

雨は無情にも楽しいキャンプといった趣をそぎ取り、人の体力と気持ちを奪っていった。
人のことを考えてこれから生きていくぼくたちが、どうしても他人をいたわる余裕を失っていたと思う。
普段であれば許せる行動や言動の一つ一つに、棘を感じた。
結局、それが訓練といえばそれまでなのだが、何というか、例えば無人島に漂流して残り僅かな飲料水や食べ物を争うように奪い合う。
しかし、実はそれはゲームで後に事実を聞かされ、我に返った人々は他人の本心を知ってしまう。

それは意地の悪いゲームのようで、今でもぼくはあの日のことで心の中に黒いゴミのようなものが残ってしまっているのだ。


考えすぎても仕方ないし、だけどぼくはあの日のことが、18年前の夏のトラウマがフィードバックしていたこともあるからだと思う。

ロックという名のもと、ノイズというある種逃げの音楽を演っていたぼくらは第一回フジロックフェスティバルを観に行った。
いまでこそ、参加者も主催者も万全の対策を期していて、結構平和な雰囲気が漂っている。

しかし、その第一回は全てが見切り発車で「行けば何とかなる」といったアナーキーな参加者で、かくいうぼくらも「おそらく暴動が起きる、2日目はフリーで入れる。」といった考えで、1日目のチケットだけを握りしめて会場に向かった。

まず、会場に着くまでが困難を極めた。
初対面の人もいる中、待ち合わせが上手くいかず、イライラは相当であった。
 
当日はあいにくの雨で、そして寒かった。
ぼくたちは暖をとるためにウォッカをあおった。
夏の富士山をなめてはいけないのは今も同じである。
しかし、当時はアウトドアとロックはかけ離れていて夏山の恐ろしさを知らないほとんどの参加者は雨、寒さ対策を怠っていた。

会場は早くもメチャメチャに崩壊していて、さまざまなデマが飛び交った。
完全に会場は崩壊していて、地獄絵図のようだった。
そんな中、先も考えず大暴れをしたぼくにとって、そこだけはロックであった。
人のカラダから発せられる汗が蒸気となって空中に発せられていたのが幻想的だった。

一日目が終了した時点で、明日が中止という話を聞いた。
バスの発車会場は、我先を争う人々と、強引に発車したバスにひかれそうになる人々の悲鳴で非常に見苦しかった。
何だかわけのわからない叫び声と怒りの声は、暴動になるというぼくの予想は皮肉な形で的中した。

思えば、野外フェスが根付いている欧米と比較し、参加者側も心身ともに弱い上、DIY精神が欠如している。
主催者も必要最低限の人員や設備の配置、情報の発信しかしていなかった。

完全にこのイベントは失敗であった。
にもかかわらず、あの参加者を完全な人柱として、のうのうとイベントを繰り返している主催者に対して少しだけ恨めしいものを覚えるのだ。

そして、雨だ。
雨と寒さは人の体力と心を容赦なく奪った。
きっと、当日が晴天であれば、あの内容でも人々は多くを許して楽しむことができたのだ。


話は野外訓練に戻るが、ほかの写真を見ると楽しそうに見える写真ばかりである。
どんな状況でも楽しめる余裕があるのか、さほどつらくはなかったのかはわからない。
あれが、何だったのかもはっきりとわからない。

最終日、ぼくは午後から水分を控えていた。
そして、訓練が終わるや否や風呂に駆け込み、町まで降りてビールをあおった。
その風呂の気持ちよさとビールのうまさ・・・
不謹慎ながら、オリエンテーションの山道の最中、ビールのことばかり考えていた。


訓練は遊びではないし、フジロックなどの野外フェスやキャンプなどとも違う。
だけど、どんなことであれ代償は求めても構わないような気がした。

テントに溜まった雨水を生活用水にする哀れな中年男性
本当にわずかな水しか取れていないのが悲壮感を誘う
あまりにも真剣すぎるこの表情はもはや訓練でなく本番である
青年海外協力隊が遊びの延長といった批判もあるが、それを否定できる力をこの写真とこの中年は持っていると思う













2015年7月13日月曜日

青年海外協力隊 二本松訓練所入所

青年海外協力隊 平成27年度2次隊 ガーナ品質管理・生産性向上の隊員候補生として青年海外協力隊二本松訓練所に入所した。

計70日訓練所に泊まり込みで、合宿形式の訓練が行われている。

172名という年齢も出身地も異なる男女が一堂に会しており、いろいろな人と話す機会に恵まれる。
 群馬の片田舎で年老いた両親と暮らしてた身にとっては、この上なく良い刺激になりありがたい。 
そして、いつでもポジティブな発言と行動を心がけたいものだ。

訓練所では、IDカードを常に首から下げるのだけど「品質管理・生産性向上」という長い名前の上、いまいちピンとこない職種のために、たいていの人に「何をするの?」と尋ねられる。

それには、小さい工場などを回って聞き取りを行って、問題点を整理する。その問題点を解決するために5S(整理・整頓・清掃・清潔・清掃・躾)とKAIZEN(改善)を紹介する。 と答えている。

 会話のつなぎであっても、人に多少でも興味を持ってもらうのは嬉しいことだ。

 様々なオリエンテーションや英語の授業など、盛りだくさんの研修が行われており、またの機会に紹介できたらと思う。

二本松市の方々、訓練所の職員の方、同期の隊員候補生の方々。
お世話になります。


1人30秒での自己紹介、自らを見失い血走った目でオダを上げる哀れな中年男性
JICA二本松訓練所のFBのページから写真引用の許可をいただいた
興味のある方はご覧になってください
もっと写真映えしそうな美男美女もいる中、このような写真を掲載して下さったJICAの広報の方に感謝したい

2015年7月6日月曜日

キューバ旅行記29 野球観戦~カマグウェイ

カマグウェイに到着。 キューバ第三の都市ということもあり、バスターミナルでの客引きの勢いなどには都会を感じさせた。 そして、この街にも野球場があり中では試合が行われていた。

観客がほとんどいないこと、選手の着ているユニフォームが統一されておらず、球場内のカフェテリアが閉店していたことなどから、練習試合か草野球といったところだと思う。
エラーの多さが気になるものの、スピード感にあふれていてそれなりに見ごたえがあった。


試合は1-1で9回の表を迎えた。ビジターのチーム(A)の攻撃。
ピッチャーの投球がワンバウンドしキャッチャーが前方にはじいたすきを突いて三塁ランナーがホームインした。

1点差の9回裏、ホームチームののカマグウェイも果敢な走塁を見せ、最後は本塁上でのクロスプレイでアウトとなり2-1で試合は終了した。


 選手たちはオンボロながらも用意されていたバスに乗って、ぼくは歩いて川向こうまで帰った。



2015年7月5日日曜日

キューバ旅行記28 首飾りの行方~ラス・ツナス

ピエロの司会で催しが繰り広げられる公園と通りを挟んだ家の玄関先に幼い女の子が立っていた。 
折角なのだから参加すればよいのにと思ったが、輪の中に入りたいけど気恥ずかしくて人ごみを遠目に眺めているだけ、と勝手に解釈をした。むしろ、そうあって欲しいという妄想に近い願望であった。 

   

次の日夕食を摂ろうと食堂へ向かう途中、ピエロ公園の前を通ると男性に「おい、彼女は公園にいるぞ。」と声をかけられた。 
今日は別に彼女に逢いに来たわけではなかったのだが、昨日のやりとりを見ていたのだろう。よほど、ぼくが彼女を気に入ったと見たらしい。 

確かに彼女は公園にいた、そして今日も一人だったことで昨日の妄想があながち外れではないとの思いがますます強まった。 
声をかけてきた男に気持ちが助長されたこともあり、彼女がとてつもなくいじらしく見えてきた。 その時、ぼくのバッグの中にはネックレスが入っていた。 今朝エルネストさんの奥さんにプレゼントしようと思ったが、残念ながらサイズが合わずバッグの中にしまいこんだままだったのだ。 
それを取り出し彼女の首にかけた。



「グラシアス」と「バイバイ」の細い声。見えなくなるまでずっと手を振る姿、そしてぼくは別れを惜しむように何度も振り返った。

2015年7月3日金曜日

キューバ旅行記27 シニカルな若者たち~ラス・ツナス

    何をするでもなく路上にたむろしていた若者たち。
    しかし彼らのみならず忙しそうなキューバの人の方がまれである。

2015年6月30日火曜日

キューバ旅行記26 キューバン・フォー~ラス・ツナス

     市街地からだいぶ離れた場所に球場があり、残念ながら試合は行われていなかったが、前の広場にいた若い娘たちに声をかけられた。
    撮影に興じているうちにぼくは球場の中に入りたいと話すと、明るくノリの良い娘さんたちは喜んで扉を開けてくれた。

     調子にのってこんな写真を撮ってワイワイと表に出ると、外ではすごーくコワソーなおじさんがけわしい表情で腕組をして待ち構えていた。...

     ぼくらはすこーしだけ気まずそうな顔をしてその場を逃れ、娘さんたちとは笑顔で別れた。